大判例

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高松高等裁判所 昭和45年(う)305号 判決

本店所在地

愛媛県伊予三島市中曾根町四〇六番地

丸一商事株式会社

右代表者代表取締役

一柳克栄

本籍

香川県高松市古馬場町一三番地の八

住居

右同

会社役員

一柳克栄

大正三年四月一五日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、松山地方裁判所が昭和四五年一一月九日言渡した判決に対し、右被告人両名より適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官北守出席の上審理して、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、記録に編綴してある弁護人吉田正巳、同小早川輝雄共同作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は、要するに、原判決が被告会社を罰金三〇〇万円に、被告人一柳を懲役六月執行猶予二年の各刑に処したのは、量刑が不当に重過ぎるというのである。

そこで、記録を調査し、当審における事業取調の結果をも参酌して検討するに、被告会社は、本店を愛媛県伊予三島市中曾根町四〇六番地に置き、資本金三、〇〇〇万円の洋服毛芯を主とした繊維製品の製造販売業を営んでいるものであり、被告人一柳は、同会社の代表取締役としてその業務全般を統括しているばかりでなく、被告会社の役員の大多数は、被告人一柳の一族を以て構成されており、その出資金についても、被告人一柳においてその大部分を出資しているところ、本件各犯行は、被告人一柳において、被告会社の経理上の内部留保を直接の目的とし、その業務に関し、取引先である美濃繊維工業株式会社、豊島株式会社、ムツミ商工株式会社を通じ、架空の仕入れを計上し、或は売上収入の一部を公表帳簿より除外するなど不正な経理の方法により、昭和四一年二月一日より同四二年一月三一日までの事業年度において法人税額六二一万二、八〇〇円、同四二年二月一日より同四三年一月三一日までの事業年度において、同じく六二九万七、〇〇〇円、合計金一二五〇万九、八〇〇円の法人税をほ脱し、これによつて得た裏金は、架空人を名義とする定期預金にしたり国債を購入するなどしてこれを隠匿していたもので、本件が長期間にわたる計画的な犯行であること、その動機においても特に憫諒すべき点はないこと、ほ脱税額も多額にのぼることの事情を考慮すると、被告会社及び被告人一柳の刑事責任は重大であるといわなければならない。なるほど、本件犯行が発覚するや、被告人一柳は、反省悔悟して、捜査に全面的に協力したことや重加算税等二、三〇〇万円余りを納付したこと、被告人一柳には、過去において前科もなく、被告会社の事業一筋に打込んで今日の隆盛を築いたことが認められるが、これら被告人らに有利な諸事情を十分考慮しても、前記被告人らの刑事責任の重大性に鑑みると、本件につき被告会社を罰金三〇〇万円に、被告人一柳を懲役六月執行猶予二年に処した原判決の量刑が重きに過ぎるとは認められない。

なお、所論は、量刑事情として、(一)本件脱税は、被告人一柳が美濃繊維工業株式会社の営業部長岡崎勝次に勧められたものである旨、(二)被告会社は、昭和四一年度と同四二年度において、約八〇〇万円の簿外仕入れをしているのに課税面で認められなかつたため、法人税が約二八〇万円過払いになり、ひいては事業税地方税も過納となる旨並びに、(三)同種他事件の量刑と比較して、被告人らの刑の重定が苛酷である旨それぞれ主張するので順次検討するに、(1)被告人一柳は、高松国税局収税官や検察官の取調べ、原審並びに当審公判廷で、右(一)の主張に沿う供述をしているが、本件脱税が、右岡崎の勧めによるものであるにしろ、前示の如く被告人一柳の責任において本件脱税を累行したものであり、(2)前掲各証拠によると、被告会社において相当多額の簿外仕入れをしていたことは認められるが、被告人の当審公判廷における供述によると、原料の簿外仕入れをしたのは、廉価に仕入れることによるものであつたことが認められ、それは仕入先において納税しないことによるものであることが窺われるので、これらの点をも考えると、いずれも被告人らの刑事上の量刑を左右するものではなく、(3)前示本件犯行の動機、態様、ほ脱税額などの点からすると、被告人らに対する原判決の右量刑が同種他事件の量刑と比較しても必ずしも苛酷に過ぎるものとは認められない。従つて論旨は採用できない。

よつて、刑訴法三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木原繁季 裁判官 深田源次 裁判官 岡崎永年)

控訴趣意書

法人税法違反 丸一商事株式会社

同 一柳克栄

右両名に対する頭書被告事件につき、昭和四五年一一月九日、松山地方裁判所が言い渡した判決に対し被告人両名から申し立てた控訴の趣意は、左記のとおりである。

昭和四六年三月一〇日

右弁護人 吉田正巳

同 小早川輝雄

高松高等裁判所殿

原判決は、被告人丸一商事株式会社を、罰金三〇〇万円に被告人一柳克栄を懲役六月二年間執行猶予に各処する旨を、言い渡したのであるが、右判決の量刑は、本件の犯情に照らし著しく重きに失して不当であるから到底破棄を免れないものと思料する。

以下その理由を述べる。

第一、被告人一柳克栄が本件犯行をなすに、至つた動機には酌量すべきものがある。

すなわち、被告人丸一商事株式会社(以下被告人会社と略称)は、洋服毛芯を中心とした繊維製品の製造ならびに卸売業を営む会社であるが一般的に、繊維製品の製造卸売業界は、中小企業が乱立して生存競争がきびしいうえ、他の業界に比較して景気の変動に大きな影響を受けやすく、その浮沈によつては、倒産のうきめにさらされ、その存在さえ失うものが激増する危険性を、はらんでいるという構造的な弱点を、もつており、この業界においてきびしい生存競争に打ち勝ち、企業としての存在を持続するためには、利益を生じた際に景気の沈滞に備えてこれを少しでも多く企業内に留保するなどして景気変動による影響に耐え得る経済力を常に確保する必要に迫られているのが実情である。繊維製品の製造卸売業界では、下請を活用すれば極めて小規模な企業でも容易に、営業をなすことができ、極端な例をとれば、一人ででも、開業出来るとさえ言れているため、新規に、営業を開始するものが極めて多く中小企業の乱立が特に目立つている。その例を繊維製品のうち紳士既製服の製造卸売業にとつて見れば全日本紳士服工業組合連合会加盟業者は、五七五業者に及ぶも、その中、年間五〇億円以上の売上げがあるのは、わずか三社にすぎず年間五億円以下の売上げに留るものが圧倒的に多く更に、右、連合会に加盟していない中小企業もかなりの数を見ており中小企業が乱立していることが如実に、明らかになつている。このような中小企業がいずれも、将来の需要を見込んで生産にはげんでいるためいたずらに生産過剰を生じはげしい競争を繰り返しているのが現状である。

この過剰生産は、慢性化の傾向を示しており、一旦、景気が沈滞すると、その影響を受け、経済力の弱い中小企業は倒産のやむなきに至り、その存在を失う結果をみることが多く、帝国興信所の調査によると、右紳士既製服製造卸売業だけでも昭和四五年後半の六カ月間に六〇業者が倒産しているほどである。このような現象は、過去二〇年間波状的に続いており、繊維製品の製造卸売業を営む中小企業としては、企業の存在を確保するために常に景気変動による影響に耐え得る経済力を養成する必要に迫られてきたのである。(この点については、控訴審に於て立証予定)被告人会社は、昭和二七年二月二七日に設立された会社で歴史も浅くその規模も資本金三、〇〇〇万円、従業員数約三〇〇名のいわゆる中小企業であり常に業者の乱立による慢性的な生産過剰と景気変動による影響によつて、企業存立の危険を感じることが多く、被告人会社の代表取締役である被告人一柳克栄は、被告人会社に相当程度の経済力を確保させ企業としての安定的な存立を、図るためやむなく本件犯行をなすことを決意し景気沈滞等による影響などによつて企業としての存立が危険に陥ることに備え、それによつて得られる財産を簿外で留保しようとしたのである。被告人一柳克栄としては、苛酷な現在の税制度からみて、それ以外に被告人会社に財産を留保し経済力を確保させる方法はないものと判断して本件犯行に出たものであり、いたずらに私利私慾をはかるために本件犯行に出たのではないのであり、その動機には、酌量すべきものがあるといわなければならない。

第二、被告人一柳克栄が本件犯行に及んだ経緯にも酌量すべきものが多々ある。

すなわち被告人一柳克栄は、前述のとおり、被告人会社の安定的存立を図るために常に何らかの方法で被告人会社の経営によつて生じる利益を少しでも多く企業内に留保し、その経済力を強化したいと念願していたもののそのために自から積極的に本件犯行にみられる方法をとることを、意図した事は、なかつたのであるが、被告人会社の取引先であつた、美濃繊維工業株式会社の代表取締役和田威雄及び営業部長岡崎勝次などから架空仕入計上による本件犯行を、すすめられ、同人等が積極的に、これに協力する旨申し出てきたため、その誘惑に負けついに本件犯行をなすに至つたのである。しかも、本件犯行において被告人一柳克栄は、ただ、その協力に対する報酬として美濃繊維工業株式会社などに手数料を支払い、その指示に従つて、伝票および帳簿処理をして本件犯行をなしたに留つており、本件犯行に必要な具体的な計画立案や、その実行は、すべて右岡崎勝次等がなしているのである(この点も控訴審に於て立証予定)このように本件においては、被告人一柳克栄が犯行に及んだ経緯にも、酌量すべきものが多々ある。

第三、本件犯行は、架空仕入の計上と売上除外という単純な方法によつて行われておりその手口等からみて、それほど悪質なものではない。

すなわち、本件犯行は、損益面では、専ら、架空仕入の計上と売上除外により、貸借対照面では、簿外預金等により法人税ほ脱をなしているものであるがその方法は、脱税手口としては、最も一般的にして、単純な方法であり同種他事件に比しそれほど、悪質ではない。

第四、本件犯行によつて得られた財産は、専ら被告人会社の経済力を強化するため簿外ではあるが、企業内に留保されていたのであつて被告人一柳克栄等個人がこれを私利私慾のため使用しておらず本件検挙後修正申告をなし本税重加算税等の納付に充当しており、その財産保官状況およびその使途面においても酌量すべきものがある。

すなわち、被告人一柳克栄は、本件犯行に依つて、得た財産は、すべて被告人会社のため架空名儀預金などにして企業内に留保し被告人会社の不況に備えて経済力を強化するのに役立てていたわけであり、これをいたずらに、私利私慾のために、使用しておらず本件検挙を受けた後、反省し、直ちに修正申告すると共に右財産でもつてその本税重加算税等約四、〇〇〇万円の納付に充当している。(この点も控訴審に於て立証予定)

第五、本件に於て被告人一柳克栄は、被告人会社のため約八〇〇万円の簿外仕入をなしておりその主張は認められているが課税面では、右簿外仕入八〇〇万円が否認されたままになつているためその所得は、真実所得金額より、水増され本来納付すべき法人税額以上の法人税が課せられる結果となつており、法人税の過納付現象があるので、量刑上、これを考慮されるべきである。

すなわち、被告人会社は、昭和四一事業年度において約五〇〇万円、昭和四二事業年度において約三〇〇万円合計八〇〇万円の簿外仕入れをなしており本件犯罪事実に於は、いずれも、これを認容して各事業年度の所得を計算しほ脱法人税額を算出しているが課税面においては、右各事業年度においていずれも右簿外仕入を全面的に否認されたため、右各事業年度の所得金額はそれぞれ右簿外仕入金額と同額の所得が水増される結果となり、これに対する法人税額が計算されているため概略計算すると、課せられるべき税額に比し、昭和四一事業年度に於ては約一七五万円、昭和四二事業年度においては、約一〇五万円合計、二八〇万円が過剰となつており被告人会社は、これを、完納しているので実質的には、納付法人税のうち約二八〇万円が過払になつている。

そればかりか、被告人会社に対する事業税、地方税等は、いずれも、右簿外仕入が否認されたまま計算されている所得金額を基礎として課税されており、それら、事業税地方税においても、実質的に税の過納付がなされており、税過納付額は、これらを、含め相当多額にのぼつている。(この点も控訴審において立証予定)

このような税の過納付は、当然本件の量刑に、反映されるべきものであり、量刑上十分考慮されたい。

第六、被告人会社はすでに法人税のみならず事業税、地方税についても修正申告をなし合計四、〇〇〇万円にのぼる本税重加算税等を、完納しており、これらも量刑上考慮されたい。

第七、原判決の量刑は、同種他事件の量刑に比較して著しく重く刑の権衝を失するものである。

すなわち、昭和三七年度以降の法人税法違反事件のうち、ほ脱税額が本件とほぼ見合う一、〇〇〇万円前後の事件について判決結果を調査すると、別紙一覧表のとおりであり、これら判決結果と比較すると原判決の量刑は、著しく重きに失するものというべく、法人については、更に、罰金額を減額し、行為者については、罰金刑を、科せられるべきが妥当と、いわなければならない。

以上の各情況に照らすと、原判決の量刑は、著しく重きに失して不当であるというべきであつて破棄を免れずさらに減刑して適正な判決を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

以上

法人税法違反事件判決結果一覧表、

番号 判決年月日 裁判所 被告人法人名 ほ脱税額 法人に対する刑 行為者に対する刑 罰金率

1 37・8・10 東京地裁 大島土地株式会社 一一、九五四、〇〇〇 二五〇万円 六〇万円

2 37・12・26 秋田地裁 秋田土建株式会社 一〇、一八四、〇〇〇 一五〇万円 三〇万円

3 38・1・30 東京地裁 東京艶出加工紙株式会社 一〇、〇〇八、六八〇 二〇〇万円 三〇万円

4 38・3・13 東京地裁 株式会社ハナワ商店 一一、二八二、三九〇 三〇〇万円 四二万円

5 38・3・15 横浜地裁 盟知産業株式会社 一〇、六〇五、九一〇 二六〇万円 二五万円

6 38・9・26 大阪地裁 日清食品株式会社 一二、三五〇、〇〇〇 五〇〇万円 五〇万円

7 38・7・17 大阪地裁 七ふく製薬株式会社 九、四六〇、〇〇〇 一七〇万円 七〇万円

8 39・3・6 静岡地裁 酒井産業株式会社 一一、一〇〇、〇〇〇 二二五万円 四五万円

9 39・5・22 東京地裁 福田エレクトロ株式会社 九、六七〇、〇〇〇 二〇〇万円 四〇万円

10 39・8・18 名古屋地裁 株式会社根村薬種商店 一四、六六〇、〇〇〇 二二〇万円 一〇月及び二三〇万円

11 40・3・31 東京地裁 株式会社富士ハム 九、二六〇、〇〇〇 二八〇万円 一四〇万円

12 41・4・2 高松地裁 四国フェリー株式会社 九、九二九、八〇〇 二五〇万円 一〇〇万円

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